12



赤井と共に哀の病室があるフロアでエレベーターを降りると思わぬ人物がコナンの目に映った。
「服部…!?」
「何や、工藤。どこ行っとったんや?」
平次はコナンの代わりに毎日警視庁へ顔を出していた。
「ちょっとな。おめえいつの間に戻ったんだ?」
「たった今や。売店寄っとったからすれ違うたんやろ。……ん?初めて見る顔やな?」
赤井の姿を認めた平次の顔に緊張が走る。
「そうか、おめえとは初対面だったな。この人は赤井秀一、ジョディ先生の同僚だ」
「ちゅう事はFBI…!?」
「ああ。しかも灰原の実の兄さんだそうだ」
「何やて!?」
「……君が大阪府警本部長、服部平蔵氏のご子息か」
赤井の方は平次の事を知っている様子だった。
「悪いがあまり時間がないんでな。俺の自己紹介なんかどうでもいいだろう?」
「な…!」
「俺は妹に会いに来たんだ」
「……」
赤井の態度に平次はムッとした様子だったが、その迫力に何も言葉が返せない様子だった。コナンは平次に黙って頷いてみせると「こっちだ」と赤井を促した。



病室へ入っていくと哀はフサエと何やら話していた。
「哀……まだ起きてて大丈夫なのか?」
「え…?」
「久し振りにうるせえ連中が来たからな、疲れただろ?」
「ううん……何だか楽しかったわ」
「そっか」
「……」
「どうした?」
哀の視線が不安そうに赤井を捉えている。
「あら、そちらは?」
彼女の言いたい事を代弁するようにフサエが口を挟んだ。
「赤井秀一といいます」
赤井はフサエに軽く会釈すると哀の傍へ寄って行った。
「……お兄さん……誰?」
「志保……」
「志保……?志保って誰?」
「……」
「哀、その人はおめえの親戚の方だ。おめえが重体だって聞いてわざわざアメリカから来てくれたんだぜ」
今の哀と赤井では『実の兄妹』というには無理がある。赤井の気持ちを考えると酷だったがコナンは哀を混乱させたくなかった。
「……志保っていうのはな、君によく似た私の妹なんだ」
コナンの配慮を察したのだろう、赤井は哀の目線まで屈み込むと優しい顔で答えた。
「妹…?」
「ああ、事情があって一緒に暮らせなかったんだが……」
「……」
「ところで……哀ちゃん、今後の事なんだが……君さえよかったら私と一緒にアメリカで暮らさないか?」
「な…!!」
赤井の思わぬ申し出にコナンは思わず叫び出しそうになった。
「アメリカ…?」
「ここにいる人間の中では私が君とは一番近い親戚だからな」
「……」
哀は困ったように視線をフサエ、阿笠、コナン、平次に泳がせた。
「わ、わしは……哀君の事は実の娘のように思っておるがの」
阿笠が困惑したように呟く。
「あなたのご好意は感謝しますが……今後、どんな連中がこの娘を狙ってくるか分かりません。私に預けて頂いた方が安全かと思うのですが。違いますか?」
赤井は静かに言うと哀に「考えておいてくれ」と言い残し病室を出て行った。
「こら、ちょー待て!!」
平次が赤井を追いかける。
「お、おい、服部!」
コナンは慌てて平次に続いた。



「待て言うてんのが聞こえへんのか!?」
掴みかからんばかりの勢いの平次を無視して廊下を歩いていた赤井の足が止まったのはエレベーターホールの前だった。
「……ここは病院だぞ。あまり大声を出すのは感心しないな」
「じゃかあしい!!あんた、本気であの小っさい姉ちゃんアメリカに連れて行くつもりなんか!?」
「それがどうした?志保は俺の妹だ」
「確かにそうや。けどあんた、少しはコイツの……工藤の気持ち考えてやってもええんやないか!?コイツがどんだけあの娘の事想ぉとるんか考えてやってもええやろ!?」
「よせ、服部!!」
「せやけどこのままやったら……!!」
「……お前に守れるのか?」
ふいに赤井がコナンに向かって厳しい口調で言った。
「……えっ?」
「志保を守れるのかと聞いているんだ」
「それは……」
『守ってみせる』と言い切れない自分にコナンは苛立ちを感じずにはいられなかったが、FBI捜査官の赤井が相手ではいい加減な答えは返せない。どれだけ守りたいと思っていてもそれが守れる事には繋がらないのだ。
「言えねえ……よな」
「おいっ!?いっつも強気のお前はどないしたんや!!」
平次が驚いたように叫ぶ。
「目の前でアイツにあんな大怪我させて……『守ってみせる』なんて……言えっかよ」
「工藤……」
「ただ……赤井捜査官、一つだけ約束してくれねえか?」
「約束?」
「アメリカへ行くか行かないかは灰原の意志を尊重するってな」
「……いいだろう」
赤井は呟くように答えるとエレベーターに乗って行ってしまった。