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来客というものは集中するものなのだろうか。赤井と入れ違いにやって来たのは蘭の親友、鈴木園子と平次の幼馴染、遠山和葉だった。珍しい組み合わせにコナンも平次も驚きを隠せない。
「はい、これ。和葉ちゃんと私からお見舞い」
園子がコナンに淡いピンク色と白色の花で飾った籠を差し出す。
「災難やったねぇ、哀ちゃん。通り魔やて?」
和葉が哀に話しかけるものの、哀は黙って目を逸らしてしまう。元々人見知りする性格だった上、今の哀にとっては園子や和葉は『知らないお姉さん』以外の何者でもないのだから無理はあるまい。
「で……和葉、お前いつこっち来たんや?」
「今朝一番の飛行機や。平次の事やからどうせ今ニュース騒がしてる組織に絡んだ事件追ってたんちゃうのん?」
「ま、まあな」
「せやからちょっとの間ぁ放っとこう思っててんけど……いい加減出席日数がやばなってんちゃうか思うたもんやから」
「余計なお世話や」
「それにしても……和葉姉ちゃんが園子姉ちゃんと一緒なんて珍しいね」
コナンは一番の疑問点にずばり切り込んだ。こういう時子供の身体は便利である。
「実いうとな、蘭ちゃん家寄ってんけど……『服部君なら哀ちゃんの看病でコナン君と米花総合病院にいるわ』言うだけで……家から出てこようとせえへんねん」
「そこへちょうど私が訪ねて行ったって訳」
「そう…だったんだ」
コナンの胸がチクッと痛む。自分が取った選択に後悔はなかったが蘭を傷つけた事に変わりはない。
「で……分かってるわよね?話があるの。病人の前で長居も何だし、ちょっと場所変えてもいいかしら?」
園子の有無を言わせぬ口調にコナンと平次は黙って従うしかなかった。



「はっきり言うわ。蘭の様子がおかしいのは工藤君が絡んでいるんでしょ?」
米花総合病院前の喫茶店。ウエイトレスが四人分の注文をとっていくと園子が口を開いた。
「お母さんと一緒に暮らせるって喜んでたはずなのに昨日から学校休んでるの。携帯かけても出ないし、さっき行っても『何でもない』って言うし……」
「それに……ちょっと気になる事言うててん」
「気になる事って何や?」
「『新一はもう戻って来ないの』って……新一って工藤君の事ちゃうの?」
「あ、ああ……」
平次が思わずコナンを見る。
「工藤君、確かあなた達にも時々連絡取ってたでしょ?彼の事で何か知らない?」
「く、工藤の事言われてもなあ……」
言い淀む平次に対し「新一兄ちゃんはもう戻って来ないよ」ときっぱり言い切ったのはコナンだった。
「『戻って来ない』って……工藤君、まさか死んでもうたん!?」
「そ、それは……」
コナンは園子と和葉に真実を告げていいものか迷った。知ってしまったらこの二人も見えない敵の標的になるかもしれないのだ。
「……ったく」
ふいに園子が溜息をつくとコナンをジロッと睨んだ。
「感謝しなさいよ。蘭が立ち直るまできちんと面倒見るから。大きな貸しだからね、工藤君」
園子の思わぬ台詞にさすがのコナンも一瞬絶句した。
「気付いてた…のか……?」
「最初は騙されたけどね、蘭ほどじゃないけど私もあんたとは長い付き合いなんだから。あのハロウィン・パーティーの事件で確信したわよ。服部君に変装や声色なんて器用な芸当が出来るはずがないわ。そうなるとあんたと元女優のあんたのお母さんが影で糸を引いているとしか考えられないでしょ?そんな面倒な事するのはそれなりの理由があるはずで……ウチの情報に探りを入れてもらったら『工藤新一=江戸川コナン』という結論に達したって訳」
「……さすが鈴木財閥だな」
「あの様子だと蘭にはきちんと本当の事言ったみたいね」
「ああ」
「あんたが蘭じゃなくあの子を選んだ事も?」
「……ああ」
「そう……本来ならぶん殴ってやるところだけど……蘭は…そうね、普通の女の子だわ。あんたが背負っている物を一緒に背負うのは無理…っていうか、蘭の親友としてあの子には背負わせたくないわね」
「園子……」
「悲しいけど私も鈴木財閥を背負ってるのよ。人の度量を量る目っていうのも重要な事だって分かってるわ」
「ちょお待って、ほんならコナン君と工藤君って同一人物なん!?」
「和葉……お前、話聞いてなかったんか?」
「聞いとったわ。せやけど……そんな話いきなりされても信じられへん」
「信じられない方が普通さ」
コナンは和葉に微笑んだ。
「せやけどこれで平次がコナン君の事『工藤、工藤』呼んでたんが納得出来たわ。ほんま平次、隠し事出来へんねんなあ」
和葉がにんまり笑って言うのを「うるさいわ、アホ」と平次が返す。
二人の漫才はウエイトレスが注文の品を運んで来るまで続いたのだった。



園子達と別れ、コナンと平次が哀の病室へ戻ったのはそれから一時間くらい後の事だった。哀はさすがに疲れたのだろう、ベッドで静かな寝息をたてていた。
「……すまなかったな」
「何がや?」
「園子は財閥の娘だからな。余程大丈夫だとは思うが……和葉ちゃんまで巻き込んじまったから……」
「心配すんなや。何やかんや言うてもあいつも大阪府警刑事部長の娘や」
「そう…だな」
考えてみれば和葉の父は警察のエリートであり小五郎とは違うのだ。蘭と同じ基準で考えてはいけなかった。
「それに……和葉の事はオレが責任持ったるで。お前がこの姉ちゃん守ろう思ぉとるようにな」
「服部……」
「新……いかんいかん、コナン君」
二人の会話が一段落するのを待っていたかのように阿笠が口を開いた。
「君も今夜はゆっくり寝たらどうじゃ?ここのところずっと寝ておらんじゃろう?」
「相変わらず心配性だな、博士。大丈夫だって」
「せやなぁ……」
ふいに平次がコナンの左腕を持ち上げると時計型麻酔銃の標準をポップアップし、コナンに向けて麻酔針を発射した。
「服部、てめえ…!」
「今夜はオレやじいさんに任せてゆっくりおねんねする事やな」
平次がにやにや笑う顔が段々ぼやけていく。
「は、服部君?」
「こうでもせんとコイツ言う事聞かへんからなあ」
薄れ行く意識の中で阿笠と平次の会話が聞こえる。次の瞬間コナンは完全に意識を失った。