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新婦控え室の扉を開けた瞬間、歩美は思わず「うわ〜っ!」と叫んだ。
「蘭お姉さん、とっても綺麗…!」
「ありがとう、歩美ちゃん」
純白のウエディングドレスに身を包んだ蘭はかつて自分が通っていた帝丹中学校の制服を着た二人の少女にニッコリ微笑んだ。
「おめでとうございます、蘭お姉さん」
「ありがとう、哀ちゃん。あら、コナン君達は?」
「すみません、博士が支度に手間取ってて……歩美と私は平次お兄さん達のタクシーで一足先に来たんです」
哀の説明を補うように「よっ!」という掛け声とともに服部平次、和葉夫妻が顔を出す。
「蘭ちゃん、ほんま綺麗やわ〜!」
「ありがとう、和葉ちゃん」
「せやなあ、和葉と比べたら月とすっぽんや」
「……誰がすっぽんやて?」
和葉に足を踏まれ「何さらすんじゃ、このボケ!」と平次が叫ぶ。相変わらずの漫才夫婦に哀は苦笑した。
平次と和葉が結婚したのは哀が中学二年生の六月だった。コナンが平次と親しい事もあり哀も二人の結婚式に出席していた。何故コナンが十歳も年齢が離れた平次とここまで親しいのか哀にとっては疑問だったのだが、その答えを見つけたのがその時だった。
平次と和葉の披露宴が行われていた会場の隣室で殺人事件が発生したのだが、新米警察官とはいえ元々西の名探偵と名高い平次とコナンの間に哀は共通するものを感じずにはいられなかったのである。勿論、コナンが幼い頃、歩美達と少年探偵団としていくつもの事件に遭遇していた事は阿笠から聞いて知ってはいた。しかし、平次といる時のコナンが展開するものは『探偵ごっこ』などではなく立派な『推理』であり、また平次もコナンとの推理合戦を楽しんでいるように見えた。まるでライバルが技を競い合うかのごとく……
「……蘭姉ちゃん、遅くなってごめん!」
一人記憶を辿っていた哀はその言葉にハッと我に返った。息を切らせて控え室に飛び込んで来たのは当のコナン。阿笠、フサエ、元太、光彦の姿もある。
「遅いよ、みんな!もうすぐ式の時間だよ!」
頬を膨らませて叫ぶ歩美の抗議は見事に無視されてしまう。
「おお、蘭君、綺麗じゃのう!」
「蘭お姉さん、おめでとうございます!」
「新出先生、幸せ者だよな〜!」
阿笠、光彦、元太の台詞に蘭は照れたように微笑んだ。
「……ほなそろそろ時間やな、おいお前ら、移動すんで」
コナンの方をチラッと見ると平次が元太と光彦を追い出すように控え室から出て行ってしまう。
「え〜っ!今来たばっかりですよ!?」
「ギリギリに来る方が悪いんや。さっ、行くで!」
「哀ちゃん達も行かへん?」
和葉に促され哀は歩美とともに礼拝堂へ向かった。その後に阿笠、フサエが続き控え室はコナンと蘭二人きりになった。
「あ……」
気まずい表情のコナンに蘭が微笑む。
「……ごめんね。実は服部君に頼んで二人きりにしてもらったの」
「えっ…?」
「私の最後のわがまま聞いてくれる?今だけ…今だけ『工藤新一』に戻ってくれない……?」
「蘭……」
「お願い……」
蘭の笑顔にコナンは黙って眼鏡を外した。



「……いつの間にか随分背、伸びたね」
しばしの沈黙の後、蘭が言葉を選ぶように口を開いた。その口調は弟に話しかけるようなものから幼馴染へ話しかけるものへと変わっていた。
「ああ……今178だな」
「前は174しかなかったのにね」
「ああ」
「米花総合学園に進学するんだってね」
「親のすねかじりも程々にしておかねえとまずいからな」
「高木警部から聞いたんだけど相変わらず事件も解決してるんだって?」
「『江戸川コナン』の名前は一切表に出さないって条件でな。美和子さんに言わせると『授業よりこっちの方が君にとっては面白いでしょ?』だけどよ。ま、当たらずとも遠からずか……」
「そっか……」
蘭は苦笑すると「ねえ、新一……これだけは結婚する前に言っておきたかったんだけど……私ね、あの時……新一にふられて良かったと思ってる」と、きっぱりとした口調で言い切った。
「智明さんと一緒に過ごすようになって気付いたんだけど……私、やっぱりそんなに強くないから。愛する人にはいつも傍にいて欲しいし……いつも傍にいたいの。だから……もし新一と付き合っていたとしてもいずれは別れる事になったと思う」
「蘭……」
「悔しいけど園子は私のこういう所とっくに分かってたみたい。あの後『付き合うなら新一君みたいな彼女放りっぱなし男は絶対止めなさいよ!』ってうるさくって仕方なかったんだよ」
「そっか。アイツには大きな借りが出来ちまったな」
「智明さんと付き合いだしたのも園子のお陰だしね」
「園子が…?」
「新出医院を建て直した年だから……大学一年の時かな?いきなり『ダブルデートしよう!』って言われて。私にはその時付き合ってる人なんていなかったし、意味が分からないまま約束の日にトロピカル・ランドへ行ったら智明さんと京極さんがいてね。最初は四人で騒いでたんだけどいつの間にか智明さんと二人きりになって……その後、段々二人でメール交換したり会うようになって……あ、ごめんね、何かのろけ話聞かせるみたいになっちゃった」
「構わないさ。幸せにな、蘭」
「ありがとう、新一……」
その時、控え室の扉を誰かがノックした。
「……和葉ちゃんったら。本当、いいタイミング」
扉が開くと「蘭お姉さん、そろそろ……」と哀が顔を出した。
「ごめんね、久しぶりにコナン君と会ったら話が弾んじゃって。時間忘れて話し込んじゃった」
「そんな事言ったら新出先生がやきもち焼きますよ」
「フフッ…ねえ、哀ちゃんにお願いがあるんだけど」
「私に…?」
「うん。コナン君の事よろしくね。コナン君は……私の初恋の人だから」
「えっ…?」
目を丸くする哀に蘭は優しく微笑むと控え室を後にしてしまった。
「……哀、和葉姉ちゃんに何か言われたのか?」
「何かって……蘭お姉さんを呼びに行くように言われただけよ」
「そっか……」
「それよりどうしたの?眼鏡外すなんて珍しいじゃない」
「目にゴミが入っただけさ。さ、オレ達も行くぞ」
何かを吹っ切るように言うとコナンは眼鏡をかけ、哀の手を取ると礼拝堂へ向かった。