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入学式は校長の挨拶だけという非常に簡素なものだった。来賓挨拶といった一部の人間しか聞いていないであろう代物は排除され、国歌斉唱も留学生の事が配慮され省かれたようだ。コナンは早速この学校の「独自性」を見せつけられた気がした。
講堂を出て各自教室へ向かう。
「……そっか、新設校だから先輩がいないんだ」
一緒に教室へ向かう生徒達を見て歩美が口を開いた。
「何か違和感があったんですけど……考えてみればボク達が一回生なんですから当然ですよね」
「一年生だけか……一体全部で何人いるんだ?」
「一クラス大体35人くらいよね?」
「ええ、確かJ組までありましたから……350人前後ってところですかね、コナン君?」
「……へっ?」
突然、光彦に話の矛先を向けられたコナンは間の抜けた返事をしてしまった。
「……どうやらコナン君は私達の会話には興味ないみたいね」
哀が冷たい視線をコナンに向ける。
「あ……悪ぃ悪ぃ、ちょっと考え事しててよ。で?何の話だ?」
「別に。大した事じゃないから」
「また〜、哀ったらコナン君には厳しいんだから」
「そ、そんな事ないわよ」
「照れない、照れない……あ、1年A組、ここみたい!」
歩美が指差した扉には『1年A組』というプレートがはめ込まれている。
「じゃ、オレ達はC組だからよ」
「おう」
元太と光彦に手を上げてみせるとコナンはその扉を開け中へと入って行った。哀と歩美もそれに続く。
「うわ〜、見事に知らない子ばっかり……」
「そうね……」
帝丹中学校から来た生徒がいる事にはいるが面識ない生徒ばかりだった。しかもその人数はたった二人。
「……さすが全国から集まっているだけの事はあるな」
「うん……あ!」
「どうしたの?」
「ねえ、あそこに座っている男の子、さっきの人じゃない?」
窓際の席に入学式の前、歩美とぶつかった少年の姿があった。明るい茶色の天然パーマがかかった髪と同じ色の大きな瞳が印象的だ。
「話しかけちゃお」と悪戯でもするかのように言うと、歩美はさっさと少年の方に歩いて行ってしまった。
「あ、歩美!?……本当、相変わらずなんだから」
哀は苦笑すると彼女の後に続いた。コナンも黙ってついてくる。
「あの……さっきはごめんね」
歩美が声を掛けると少年の方も気付いたようだ。
「君は……」
「私、帝丹中学校から来た吉田歩美。よろしくね」
「オレは黄海里(こうかいり)。上海から来たんだ」
「上海!?日本語上手だね」
「母さんが日本人だから……」
「ふうん……」
「君達も帝丹中から来たのか?」
海里の視線がコナンと哀を捉えた。
「ああ、オレは江戸川コナン」
「灰原哀よ。よろしく」
その瞬間、教室がざわめいた。
「灰原哀…!?」
「帝丹中の天才少女ってあの子…!?」
「同じクラスだったんだ……」
新しいクラスメート達がひそひそ話しているが、哀はまったく無関心で海里の方が驚いている。
「……灰原さん、有名人なんだ」
「噂好きな人が多いだけよ。気にしないで」
その時、ざわめく生徒達を静めるかのように教室の扉が開くと四十代前半くらいの男性と二十代後半くらいの女性が入って来た。男性の方はコナンも見覚えがあった。有名大学の助教授でテレビ番組にもよく出演している。平凡な顔立ちだがその独特のトークはお茶の間にも人気があった。
(……なるほど。大学辞めてこっちに来たか)
一方、女性の方は記憶にない顔だった。色白な肌に漆黒の長いストレートヘアが印象的である。
「席は特に決まってないからとりあえず全員座れ」
教壇に立った男性の声が合図となり生徒達は手近な椅子に腰を下ろした。
「私がこのクラスの担任を務める事になった小野坂太一だ。まあテレビ等で知っているヤツも多いと思うが、一応簡単に自己紹介させてもらう」
小野坂が3分もかからずあっさり自分の経歴を述べるのにコナンは面食らった。普通これぐらいの経歴を持つ人物なら10分は喋っていられるだろう。最後に取って付けたように「……ってな訳で、この学校では主に政治・経済を担当する。よろしくな」と言うとニッコリ笑う。無駄な時間をとことん嫌う裏表のないところはテレビで見る彼そのままだった。
「……で、こちらが副担任の先生だ」
小野坂に促され女性が教壇の横で軽く頭を下げる。
「柚木杏香(ゆずききょうか)です。英会話を担当します。よろしく」
無表情のまま、凛とした低い声で言うと、それ以上何も言うつもりはないと言わんばかりに杏香は小野坂に黙って頷いた。
「それじゃ、早速オリエンテーリングに入るぞ。配られたプリントを見てくれ」
他の生徒達に混じって大人しく指示に従い、プリントに目を落とした時だった。
「…!?」
ふいにコナンは誰かの視線を感じた。思わず海里の方に振り返ったが、当の海里は熱心にプリントに見入っている。
(……気のせいか)
コナンはフッと息をつくと思わず苦笑した。



その日は授業は行われず、午前中で学校は終了した。
コナン、哀、歩美の三人が帰り支度を終え、教室を出ると元太と光彦の姿があった。
「おい、コナン、A組はどうだ?」
「どうって……何が?」
「バカだな、可愛い子がいるか聞いてるに決まってるだろ?」
ハハハ……とコナンが乾いた笑いを浮かべる一方で、歩美が「おっほん」と咳払いの真似をすると会話に割り込んできた。
「もう……元太君ったら、相変わらず女の子のことばっかり……!授業について行けなくなっても知らないからね」
「オレは柔道さえやってればいいんだからよぉ、余計な心配……」
「あら、元太君、歩美の忠告を無視するのは賢明じゃないと思うけど?」
哀が二人の会話に口を挟むと先ほど配られたプリントを取り出し、元太に突き付けた。
「『その5 スポーツ受験枠の生徒については取得単位を一部免除する。ただし著しく成績不振な者は除籍とする』……ですって」
「マジかよ!?」
元太が慌ててプリントに見入る。
「スポーツ特待生のコナン君とは違うんだから。元太君と私は部活は勿論、勉強も頑張らないと駄目って事」
「……そういえば部活動を選ぶ自由があるのは灰原さんとボクだけですね」
光彦が会話に入って来る。
「ボクは化学部に入部しようと思っているんですが……灰原さんも一緒にどうですか?」
「そうね、どうしようかしら?」
「『どうしよう』って……おい、哀、サッカー部のマネージャー、続けてやってくれるんじゃねえのか?」
「マネージャーって……コナン君、この学校の入学案内読んでないの?各部活動には専任のマネージャーが就任しているって書いてあったでしょ?」
「へっ?」
「サッカー部にも三人いるはずよ」
「……あ、ああ、そういえばそんな事書いてあったような……悪ぃ、忘れてた」
「……」
「な、何だよ、その顔?」
「別に……」
哀はコナンとの会話を打ち切ってしまうと、どの授業を選択しようかなどと話している歩美達の方へ行ってしまった。