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コナンの携帯に高木美和子警部からの『依頼』が入ったのはそろそろ昼休みが終わろうとする時間だった。『10分後に米花総合学園の裏門によろしくねv』……『帝丹中学』が『米花総合学園』に変わっただけの決まり文句にコナンは苦笑する。
目暮が定年で警察を引退した後、警視庁でコナンと哀の秘密を知り協力してくれる役目は高木夫妻が担っていた。それ故彼らからの『依頼』は断る訳にもいかない。
『OK』と返信を入れるとコナンは早速裏門へ向かった。



事件現場でコナンを迎えたのは思いがけない人物だった。
「よお、工藤!久しぶりやな」
「服部…!?な、なんでおめえがここに…!?」
「3月24日付で警視庁捜査一課に異動になったんや」
「それならそうと連絡くらい寄こせよな」
「どうせやったら事件現場でいきなり会うて驚かそう思ってな」
「……ったく」
警察庁エリートの平次が全国規模の異動を繰り返している事は知っていたが、まさか彼が美和子の下で働く事になるとはさすがのコナンも思っていなかった。
「大体、おめえがいるならわざわざオレなんか呼ぶ必要ねえだろーが」
「そりゃそうやけど……工藤、お前かて高校の授業なんかよりこっちの方がおもろいんちゃうか?」
「おめえな…『工藤』って呼ぶなって何回言えば直るんだよ?」
「すまん、すまん、どうも『コナン君』とは呼べへんなあ」
口では謝っているものの平次の顔に反省の色は全くない。コナンは溜息をつくと事件現場へ足を踏み入れた。中年の男性が胸を撃たれて倒れている様子が目に入る。
「殺されたんは東都大学教授、川上晋吾、51歳。心臓を一発で撃ち抜かれてんで」
「死後1、2時間ってところか?」
「せやな。しっかし…このおっさんの顔、どっかで見た気がするんやけど……」
「薬学界では知る人ぞ知る人物さ。博士が定期購読している雑誌によく投稿してたぜ」
「せやせや、あのマッドサイエンティストや」
コナンは平次から手袋を借りると早速遺体の周辺を調べ始めた。現金や貴金属に手を付けられた形跡がまったくない事から物盗りの線は考えられない。
(怨恨か…あるいは?)
遺体の傍にある机上のノートパソコンを立ち上げようと試みたものの、案の定起動しなかった。
「おい、服部!」
「何や?」
「見ろよ、このパソコン。完全に破壊されてるぜ」
「……犯人の狙いはこのおっさんの研究内容やったっちゅう事か?」
「おそらくな」
引き出しの中に保管されていたと思われる磁気ディスクも綺麗に無くなっている。すべて犯人が持ち去ったと考えるのが自然だろう。
「ほな工藤、オレは寝室調べるよってお前はこの部屋調べてくれへんか?」
「ああ」
二人の名探偵の捜査が始まった。



「……こんだけ手がかりが何もないちゅうのも辛いなあ」
一時間ほど捜索しただろうか?コナンが調べていたリビングからも平次が調べていた寝室からもこれといった物は何も発見出来なかった。被害者は几帳面な性格だったらしく、部屋はきちんと整頓されており、これ以上物色しても無駄であろう事は容易に推測出来る。
二人は現場を鑑識に委ねると被害者が勤務していた東都大学へ向かった。研究室へ入って行くと美和子が助手達から事情聴取を行っているところだった。
「ご苦労様。その様子だと被害者の部屋からは何も出て来なかったようね」
「はは…そうですねん。こっちはどないですか?」
「駄目ね。ハードディスクの中身は壊されているし、ソフトも一枚残らずなくなっているわ」
「こっちもですか」
「川上教授は元々無口な人間で自分の研究内容を他人に話す方じゃなかったそうなの。それをなぜ犯人が知り得たのか……そこが問題なのよね」
「犯人は研究室内部の人間の可能性が高いっちゅう事ですか?」
「さすがにそこまでは断定出来ないけど……」
「あの……」
平次と美和子の会話に、それまで黙っていた助手の一人が口を挟んで来た。
「何かしら?」
「言っていいのかどうか悩んだんですが……そういえば、川上教授、最近お金の使い方が派手だったような気がします」
「えっ…?」
「どちらかと言うとケチな方だったので……私達も冗談で『パトロンでも見つけたのかしら?』なんて言ってたんですが……」
助手の言葉にコナンはハッとした。
「……そういう事か」
「……何か閃いたみたいね」
美和子の微笑みにコナンは頷いた。
「犯人の狙いは被害者の研究内容じゃありません。おそらく多額の資金を積んで被害者に研究させていたデータを取り戻す事だったのではないでしょうか?」
「なるほど……それなら筋が通るわね」
「せやったらこのおっさんの口座調べたら何か分かるかもしれへんな。よし、早速調べてみるか」
平次は「ほな工藤、後で連絡するからな」と言ったかと思うと風のように研究室を出て行ってしまった。
「お、おい、服部……」
「ふふ、相変わらずでしょ?」
美和子はコナンにクスッと笑うと助手達の方に向き直った。
「川上教授の最近の研究内容に心当たりある方は他にみえないかしら?」
「そうですね……帝丹大学の古橋教授なら何かご存知かもしれません。何でも学生時代からの友人だったそうですから」
「当たってみるわ。ありがとう」
これ以上の収穫は望めないと判断したのだろう。美和子は「また何か思い出したらここへ連絡して」と言って自分の名刺を助手の一人に渡すと研究室を出て行った。コナンは黙って頭を下げると彼女の後に続いた。



東都大学の駐車場でコナンが美和子に追い付いた時、彼女は携帯で誰かと話している最中だった。
「……はい、それでは今から伺います」
「どうやら話はついたようですね」
通話を切った美和子にコナンは話しかけた。
「今から行くわ。残念だけどコナン君はそろそろ学校に戻らないと時間的にまずいわね」
「あ、いえ…もうその必要はなくなりましたから……」
「えっ?でも下校、哀ちゃん一人にさせられないでしょう?」
コナンが小学校四年生の時から六年間通して哀にサッカー部のマネージャーを半ば強引にやらせていた理由を知っている美和子は驚きのあまり目を丸くした。
「実は……米花総合学園では生徒は全員何らかの部活動をする事が義務づけられていまして……今までみたいにサッカー部のマネージャーをやらせるって訳にはいかなかったんです」
「大丈夫なの?」
「はい、手は打ってありますから……」
コナンは眼鏡の電源を入れた。哀の発信機を確認すると受信範囲を縮小していく。どうやら哀は弓道場にいるようだ。
「部活に行っているようですから大丈夫です。捜査の方、お手伝いしますよ」
「……本当、君は凄い人ね」
美和子が苦笑する。その表情にコナンはかつて自分と哀の真実を伝えた日に高木夫妻が見せた表情を思い出した。信じられないような、納得したような、複雑な感情が入り乱れた二人の顔はコナンの脳裏に焼き付いている。
「じゃ、行きましょうか」
「はい」
二人を乗せたRX−7は帝丹大学へ向かった。