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土曜日の米花アクアマリーナはさすがに人が多い。歩美と約束したセントラルプラザも人待ち顔の人間で溢れている。哀は一人、木陰のベンチで読書をしつつ親友の到着を待っていた。約束の10時はすでに過ぎている。「……そろそろかしら?」と呟き、栞を挟んだその時だった。
「……哀!ごめんッ!」
息を切らせて走って来る歩美に「10分遅刻!」とだけ言うと哀は苦笑した。
「目の前でバスが出ちゃって……」
「だからって走って来なくても……元太君なんか30分遅刻してもメールも入れて来ないんだから」
「元太君はのんびり屋さんだから……」
元太と一緒にされるのが不服だと言いたげに歩美が頬を膨らます。
「逆に光彦君は絶対10分前には来てるわよね」
「そうそう、だからいっつも元太君は光彦君に怒られて……そういえば哀と二人っきりって初めてかも。コナン君はいつもくっついて来てたし」
「そう……ね」
コナンの名前が出るとどうしても反応してしまう。そんな哀の様子に歩美も気付いたのだろう。「ね、私、新しいテニスシューズが欲しいんだけど付き合ってくれる?」と言うと、持っていたマップを広げ店の場所を指差した。



同じ頃。
コナンは阿笠邸のリビングで何をするでもなくソファに座り、コーヒーを飲んでくつろいでいた。
「歩美君と二人だけとは……君も一緒に行かんで良かったのか?」
阿笠が心配そうに声をかけてくる。
「今の状態でアイツと一緒に行ける訳ねえだろ?心配すんなって。追跡メガネの電源は入れてあるし、もう少し経ったらアクアマリーナの近くまで行くつもりだからよ」
「それならいいが……」
阿笠の言葉を切るように玄関の呼び鈴が鳴った。
「……ん?誰じゃ?」
「邪魔するで〜」
『勝手知ったる人の家』とは良く言ったもので服部平次が顔を出した。
「……なんだ、服部か」
「おいコラ、人に頼み事しといて『なんだ』はないやろ。そないな態度とるんやったら教えたらへんで」
「……何か掴めたのか!?」
コナンの目の色が変わる。
「黄海里っちゅうおまえの同級生の事とかちょこっとだけな。どうやら日本に来たのは一ヶ月くらい前のようや。お袋さんは亡くなっとるみたいで今は親父さんと二人暮らし……親父さんは中華料理店を経営しとるみたいやな」
一昨日の夜、この家の様子をこっそり窺っていた海里の様子を思うと父親が店を開いているというのは意外だった。
「他には?」
「そうせかさんでも……詳しい話は移動中でええやろ?」
「移動中…?」
「どうせなら敵情視察するんも悪ない思ってな、迎えに来たんや。一緒に昼飯がてら行ってみいへんか?」
「そりゃ……オレだって行ってみてえけど今日はちょっと……悪ぃがそっちは……」
「ほんなら店の住所、教えとくよって」
平次はポケットから手帳を取り出すと挟んであったメモをコナンに差し出した。
「実はこないに早よ分かったんは湊署にいる美和子はんの旦那が通ってはる店やったんや。場所は米花アクアマリーナの……」
「米花アクアマリーナだって!?」
「な、何や!?」
「実は今日、哀君が歩美君とアクアマリーナへ行っておるんじゃ」
驚きのあまり言葉を失うコナンに代わり阿笠が平次に説明する。
「博士、オレはアクアマリーナへ向かう!何かあったら連絡してくれ!」
「お、おい、工藤!」
部屋を飛び出すコナンを平次は慌てて追いかけた。



もう何軒店を回っただろう?歩美がテニスシューズを買い、哀がキッチン用品を買い、その後本屋へ寄ったりCDショップを覗いたり……さすがに最新スポットだけありウィンドウショッピングだけでも充分楽しめる。
「……コナン君の誕生日プレゼント、いい物あった?」
雑貨屋を出た時、ふいに歩美が声をかけて来た。
「そうね……やっぱりスポーツ用品かしら?定期入れとかお財布とか色々考えたけど、いい物は高いし……」
「そんなに悩まなくても……いざとなったら『私自身』って手も残ってるみたいだしv」
「な…!」
「アハハ、冗談、冗談」
顔を真っ赤にする哀に対し歩美はケラケラ笑っている。ませた発言は多いもののサバサバしているのが歩美のいいところだ。
「それより……お腹減ったね」
「そうね、もう12時近いし」
「何食べよっか?」
せっかくだから家ではなかなか食べられないものがいい。哀がマップに目を落とした時だった。
「黄君…?」
歩美の声に視線を向けるとチャイナ服のようなユニフォームに身を包んだ海里が両手に何やら食材を持って歩いて行く姿が映った。
「黄君!」
「吉田さん?灰原さんも……」
海里が驚いたように立ち止まる。
「何してるの?こんなところで」
「何って……父さんの店の手伝いだけど……」
「え?黄君の家ってお店やってるの?」
「あ、ああ……『上海映月楼』っていう中華料理店をやってるんだ」
「『上海映月楼』?聞いた事あるよ、確か元太君が家族で食べに行ったって」
五人の中ではグルメ情報は相変わらず元太が最強だった。
「元太君?」
「うん、私達の幼馴染でC組にいるの。私と一緒で柔道のスポーツ受験枠で米花総合に入学したんだよ」
「そうなんだ……あ、ゴメン、オレ、そろそろ戻らないと……」
「ねえ、せっかくだから黄君のお店に行ってもいい?ちょうどお昼にしようって話してたの。哀もいいでしょ?」
「そうね……本格的な中華って家じゃなかなか作れないし……」
「じゃ、決定!黄君、案内してくれる?」
「この時間じゃ混んでるかもしれないけど……いいのか?」
「美味しいものを食べるためだったら待つのは平気!」
相変わらず誰に対しても屈託ない歩美に哀は思わず微笑んだ。



港近くの駐車場に車を停めるとコナンと平次は米花アクアマリーナへ入って行った。さすがにカップルや若い女の子が多く男二人というのは目立ってしまう。もっとも平次の方はそういった事にまったく無頓着なようで「ええ具合に腹減ってきたなあ」と独り言のように呟いている。
「服部、あれじゃないか?」
「『上海映月楼』……せやせや、間違いないで」
こじんまりとしているがなかなかお洒落な建物だ。
店の近くまで来た時だった。「コナン君!?」という聞き慣れた声に振り向くと順番待ちの列の中に歩美の姿があった。
「歩美!?おめえどうして…!?」
「ここね、クラスメイトの黄君のお父さんがやってるお店なの。さっき偶然黄君に会って初めて知ったんだけど……コナン君達もお昼食べに来たの?」
「ま、まあな……」
自分がこの店へ来た目的を告げる訳にもいかずコナンは曖昧に笑ってみせた。
「哀は?」
「二人も並ぶ必要ないでしょ?交代で近くの店をウィンドウショッピングしてるの」
「なるほどな」
その時「お待たせ」という声が聞こえたかと思うと哀が戻って来た。しかし、コナンの姿を認めた瞬間、立ち止まってしまう。
「コナン君……どうして……?」
「へ、平次兄ちゃんに誘われたんだよ、ね?」
コナンは肘で平次の脇腹を突付いた。
「せ、せや、たまには男同士で食べるんも悪ない思ってな」
「……」
「男同士……寂しい事言うのね〜」
歩美が呆れたように呟く。
「中華は人数多い方が楽しめるし……平次お兄さん、良かったら一緒に食べない?」
「オレは構へんけど……コ、コナン君はどうや?」
「どうって……」
チラッと哀の様子を窺うが目を逸らされてしまう。
そんな二人の様子に気付いているのかいないのか歩美はニッコリ笑うと「じゃ、ちょっと人数を訂正して来るからコナン君と平次お兄さんは哀とここで待っててね」と言い残し、さっさと店の入口へ向かってしまった。
「おい、工藤」
平次が小声で話しかけて来る。
「お前……あの姉ちゃんに避けられとるみたいやけど何かあったんか?」
「あ、ああ、ちょっと、な……それよりいいのか?哀達が一緒じゃ探る物も探れねえぞ?」
「いや、かえって怪しまれんで済むんちゃうか?特に歩美ちゃんは色々聞き出してくれそうやしな」
コナンの複雑な思いをよそに平次は「ほな、ご一緒させてもらうな、哀ちゃん」と笑ってみせるとさっさと哀の隣に腰を下ろしてしまった。