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首都高速3号渋谷線と東名高速道路の連結点である用賀インターチェンジを抜けると平次はホッとしたように息をついた。
「……ったく、第二東名が開通したっちゅうても渋滞緩和にはなってへんなあ」
「仕方ねえよ、所詮誰だってインターが便利な方を選ぶだろ?」
「せやなあ……」
理屈は分かっていても運転手を務める平次にとってはそれまでの渋滞が余程のストレスだったらしい。追い越し車線へ入ると車のスピードがぐんぐん上がっていく。
「おい、服部、捕まっても知らねえぞ」
「心配すんなや。オービスの設置箇所は頭ん中に全部入っとるし、金曜や土曜の夜と違うて高速隊も出張ってへんやろうからなあ」
二カッと笑う平次にコナンは苦笑した。
「公用車やったらもっとスピードも出せるんやけど……それより工藤、少しは感謝しいや。事件性もはっきりせえへんのにいきなり静岡県警に知り合いおるかなんちゅうメール一つでここまで動いてやっとるんやから」
「よく言うぜ、『和葉、すまんけど明日の買い物付き合えへんようになってもうた』って電話の向こうで言ってたのが聞こえてなかったとでも思ってんのか?」
「ハ、ハハ……」
「ま……確かに運転くらい代わってやりてえけど江戸川コナンはまだ免許持ってねえからな」
「車どころかセスナも操縦出来るっちゅうのに勿体ない話やなあ」
「それより……おめえの同期の津坂刑事には今日の事どんな風に話を通したんだ?」
「ん?ああ、オレの弟分が事件の第一発見者で、ちょうど十年近うなるから線香の一つでもあげたい言うとるとしか話してへんで」
「それならいいが……」
いちいち説明しなくても第三者を巻き込みたくないという思いを理解してくれている親友にコナンは感謝せずにいられなかった。



「グリーンヒル静岡、ここだ、服部」
平次の同期という津坂刑事が車を停めたのはとあるマンションの前だった。
「……さすがに旦那さんが殺された家には住んでへんか」
「ああ、引越して来たのは四十九日が終わった後らしいがな」
津坂の案内でコナンと平次はマンションの入り口へ向かった。エントランスから先はマンション関係者以外は簡単に入館することが出来ないようになっているらしい。津坂は来訪者用の集合インターホンにテンキーで8、1、5と入力した。
「……はい?」
「静岡中央署刑事課の津坂です」
津坂はモニターに出た相手に警察手帳を見せた。
「ああ、昨日電話を下さった刑事さんですね。どうぞ」
オートロックが解除され音もなく扉が開く。
「……服部、ここから先は俺は遠慮した方がいいのか?」
「そ、それはやなあ……おい、コ、コナン君、どないすんねん?」
「津坂さんがお忙しいなら無理は言えませんが……出来ればご一緒して頂けませんか?広田さんにしてみればいきなり東京から押しかけて来たボク達だけより地元の刑事さんが一緒にいてくれる方が気が楽でしょうし」
コナンの言葉に「君がそう言うなら」と津坂は穏やかに微笑んだ。
エレベーターに乗り8階へ着くと目的の部屋である815号室を探す。
「……ここや」
平次の声にその部屋の表札を見ると『広田』とだけ書かれていた。津坂が代表で玄関インターホンを押す。
「広田さん、津坂です」
少し間があって玄関のドアが開き一人の女性が顔を出した。約十年という歳月で少々老いてはいるが、広田正巳夫人、登志子に間違いなかった。
「こんにちは、江戸川コナンです」
「こんにちは。まあ、あなたがあの時の坊や?すっかり大きくなって……おじいさんはお元気?本当にあの時はお世話になっちゃったものね」
探偵役に選んだ阿笠の事を言っているのだろう。思わず吹き出しそうになる平次をコナンは慌てて肘で突付いた。
「さあ、立ち話もなんですから中へどうぞ」
「失礼します」
登志子に促がされコナン達三人は部屋へ上がっていった。



仏壇に線香を上げ、手を合わせていると台所から登志子がお茶とお菓子を持ってやって来た。
「あ……そんな気ぃ使わんといて下さい」
「そうはいきませんわ。わざわざ東京から来て下さったのに……」
「本当ならご主人のお通夜かお葬式に顔を出すべきだったのに申し訳ありませんでした」
「コナン君はあの時まだ小学生だったんですもの、無理ないわ」
登志子が穏やかに微笑む。あんな形で夫を亡くしたせいか当時はぽっちゃりした印象だったのに今は少しやつれた印象を受ける。
「ところで……実はお願いがあって来たんです」
「私に?」
「はい。あの……確か亡くなったご主人は学生さん達と撮られた写真をフロッピーで保管してみえましたよね?」
「え、ええ……」
「証拠品として押収された後、あなたの元に返却されたと伺いました。そのフロッピーに保存されている写真を見せて頂きたいのですが……」
コナンの申し出に事件を思い出したのだろう。案の定、登志子の表情が曇る。
「写真が動機でご主人が殺されたのに申し訳ないと思っています。でも……どうしても確認したい事があるんです。ボクの大切な人を守るために」
「……」
登志子はしばらく何も言わなかったが、「……そうね、大切な人を失う悲しみをコナン君には味わって欲しくないものね」と呟くと仏間を出て行った。
それから5分ほど経っただろうか?「とりあえずこれで全部だと思うけど」という台詞とともに登志子が戻って来る。
「これは……?」
差し出されたアルバムの意味が分からず、きょとんとするコナンに登志子が微笑む。
「私、パソコン音痴だから主人の教え子だった方にすべて印刷してもらったの。主人の思い出が見られないのも嫌でね。形が変わってて申し訳ないんだけど……」
「いえ、かえって見やすくて助かります」
コナンは正直な感想を述べると早速アルバムをめくっていった。
「……おい、何か調べるんやったら手伝うで?」
「ありがたい言葉だが……服部、おめえ、宮野明美さんの顔、知らねえだろ?」
「知らへんなあ……って、あの姉ちゃんの姉さんの写真なんか調べてどないすんねん?」
「だから事件に結びつくかどうかはっきりしないってメールに書いただろ?」
「そりゃそうやけど……」
不満そうな表情の平次にコナンは苦笑した。



膨大な写真の束からコナンがその写真を見つけた時、太陽はすでに西の地平線に姿を隠そうとしていた。
「……やっぱりな」
「見付かったんか?」
「ああ」
コナンが示した写真は亡き広田教授を囲んで数人の学生が写っているものだった。
「で?あの姉ちゃんの姉さんっちゅうんは……」
「広田教授の横に立っているのが宮野明美さんだ」
「……あんま似てへん姉妹やなあ」
「問題は彼女の斜め後ろに立っている女性……誰かに似てると思わねえか?」
「誰かって……あ!」
思わず言葉を失う平次に「そう、米花総合学園1年A組副担任、柚木杏香だ」とコナンは呟いた。
「あの姉ちゃんの姉さんとおまえがマークしとるべっぴんの先生が知り合いやったなんてなぁ……工藤、どうして分かったんや?」
「服部、オレと米花アクアマリーナへ行った日の事、覚えてるか?」
「先週の土曜の事やろ?」
「ああ。あの日、おめえ達と別れた後、アクアマリーナの一角で柚木先生に会ったんだ。その時、先生自身が言ってたのさ。十年前、大切な人が殺された場所だってな。念のため十年前の地図を調べてみたら先生が献花していた場所は十年前、哀の姉さん、宮野明美さんがジンに殺された場所だったんだ」
「……あの先生、何者なんや?」
「さあな。ただ、これでアイツと柚木杏香が繋がったな」
その時、別室へ行っていた登志子が戻って来た。
「どう?何かお役に立つ物は見付かったかしら?」
「はい、非常に興味深いものが」
「それは良かったわ。主人のコレクション、まんざらでもなかったのね」
「あの……この写真、借りて行ってもいいですか?」
「全部と言われるとさすがに困るけど……正直、似たような写真が多いから一枚なら差し上げるわ」
微笑む登志子に礼を述べるとコナン、平次、津坂は広田家を後にした。



「……あ、そうだ」
静岡中央署の前で津坂と別れ、平次と二人きりになるとコナンはポケットから手帳を取り出し、挟んであった写真を彼に手渡した。
「服部、悪ぃがこの人物の事調べてくれねえか?」
「ん?また米花総合学園の生徒やないか。結構色男やな」
「村主浩平、1年E組の生徒で弓道部の主将だ」
「……で?今回は何が引っ掛かるんや?」
「引っ掛かるっていうか……哀に近付いてくる奴は一応な」
「おい、工藤、おまえまさかあの姉ちゃんに近付いて来る男全部オレに調べさせよう思うとるちゃうやろな?」
「バ、バーロー、んな訳ねーだろ!」
「ムキになるところが怪しいなあ……ま、一応預かっといたる。せやけど警察もそんなに暇やないからな。高校生の恋愛騒動にそうそう時間割けへんで」
「……」
からかわれていると分かっていてもコナンは平次を黙って睨む事しか出来なかった。