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「なあ、おめえらの知り合いでE組の村主と親しいヤツっているか?」
哀から一通りの事情を聞き、歩美とともにリビングへ戻るとコナンはソファでくつろぐ元太と光彦に声を掛けた。
「村主って弓道部主将のか?」
「ああ、哀の話だと襲われた時村主と一緒だったそうなんだ。アイツを守ろうとしてひどく殴られたみたいでさ、様子を確認したいんだ」
「哀も心配してるから連絡を取りたいんだけど……中学時代、熱狂的なファンが押し掛けたりしたせいで今では村主君の家を知っている人はごく限られているんだって」
「村主君って杯戸中出身でしたよね?」
「ああ、さっき当たってみたがA組、サッカー部、女子テニス部の杯戸中出身者は全滅だ。弓道部の部員名簿はまだ出来てねえっていうし……E組、化学部、柔道部の杯戸中出身者で村主と親しいヤツがいねえかと思ってさ」
「柔道部はまだ出来てないぞ」
「化学部は今日貰いました。じゃ、元太君はC組の杯戸中出身者を当たって下さい。ボクは化学部を当たりますから」
鞄から名簿を取り出すと二人は早速携帯で連絡を取り始めた。しかし、人数が少ない事もあって村主浩平の連絡先を知る者は誰一人見つからなかった。
「……仕方ねえ、奥の手で行くか」
コナンは二人に礼を言うと携帯を取り出した。
「コナン君、『奥の手』って?」
「警察なら何とかなるだろ?」
「そっか、平次お兄さんね!」
「そういう事」
数回のコールの後、留守番電話センターに繋がれる。コナンは手短に用件を話し、折り返し連絡が欲しい旨を残した。
「ところで……灰原さんは大丈夫ですか?」
ずっと気になっていたのだろう。光彦が心配そうな表情で尋ねてくる。
「ああ、念のためフサエさんが今夜は傍で寝てくれるって言うし、心配いらねえよ」
「そうですか」
「それはそうと……なあ、コナン」
「なんだ?」
「お前らの周りで怪しい奴はいないのか?例えばお前や灰原の様子をいつも見てる奴とかよお」
「それは……」
「その顔は……いるんですね?」
光彦が勢い込んで尋ねて来る。
「……ったく」
コナンは溜息をつくと手帳から防犯カメラが捕らえた写真を取り出した。
「おめえら二人はクラスが違うからあんまり知らねえだろうが……」
「黄君!?」
歩美が驚いたように叫ぶ。
「誰なんですか?」
「黄海里、オレ達のクラスメイトさ。上海から来た留学生だ」
「コイツ、『上海映月楼』の……!」
「どうやら元太は知ってるみてえだな」
「黄君がコナン君と哀を……?信じられない……」
「目的がいまいちはっきりしねえが黄は間違いなくオレ達の動きを監視してる。実際、アイツの父親が今日哀を襲った連中を尾行してったしな。もっとも……オレ達をマークしてるのは父親の黄悠大の方で、アイツは父親の手伝いをしてるだけだろうが……」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「オレ達があの組織を潰したのが約十年前だぜ?当時のアイツの年齢を考えろよ」
「そうですね、コナン君達みたいに身体が縮んだっていうなら話は別ですが……」
「それと……」
コナンは続いて柚木杏香の写真を取り出した。
「柚木先生!?」
「おめえら米花総合のホームページ、見た事あるか?」
歩美、元太が首を横に振る。かろうじて光彦が「見た事はありますが……おそらくコナン君が期待するようなところではないと思います」と苦笑した。
「どの教師も宣伝みたいに派手な経歴が載っているんだが、柚木杏香についてはほとんど載ってねえんだ。まるで過去を封印したみてえにな」
「封印……ですか?」
「ああ、服部に頼んで色々調べてもらってるが未だに何も掴めねえ」
「でも……哀、柚木先生の事慕ってるよ。まるでお姉ちゃんみたいって……」
「『お姉ちゃん』か……実はその点でも不可解な点があってよ」
「え…?」
「哀の亡くなった姉さんと柚木先生、どうやら顔見知りだったみてえなんだ」
コナンは広田登志子から借りてきた写真を取り出した。
「ここに写ってる女性……柚木先生に間違いないですね」
「その横にいるのが哀の姉さん、宮野明美さんだ」
「この人が……」
歩美が感慨深そうに写真を見つめる。
「灰原さんのお姉さんの知り合いなら灰原さんに危害を加えるような事はないんじゃないですか?」
「オレだってそう思いたいさ。けど……それなら何故今頃になって現れたんだ?もっと早くアイツに近付いて来ても良さそうじゃねえか?」
「それは……」
反論する材料もなく光彦は押し黙ってしまった。
「おい、コナン、怪しいヤツは今のところこの二人か?」
「あ、ああ……」
「よし、じゃ明日から早速手分けして調べようぜ!」
「調べるって……おい、元太、オレはおめえらにそんな危ない真似して欲しくて色々話したんじゃねえぞ。おめえらはこの二人が哀に接近して来た時、何かあったらバッジでオレに連絡してくれればいいんだ」
「ここまで聞いてそんな消極的な事だけしてられっかよ!」
「そうですよ。むしろボク達が動いてコナン君は灰原さんの傍にいてあげた方がいいんじゃないでしょうか?敵の狙いはあくまで灰原さんなんですから」
「コナン君が哀と一緒にいればそうそう簡単に手を出して来られないだろうしね」
「守るだけじゃ勝てねえ!柔道の試合と一緒だ、違うか!?」
「守るだけじゃ……そうだな」
元太の言葉にコナンはかつて蘭が記憶を失った時の事を思い出した。
「おめえら絶対勝手に行動するんじゃねえぞ」
「うん!」
「分かってるって!」
「任せて下さい!」
元気に答える三人にコナンは「本当にコイツら分かってんのかねえ……」と思わず心の中で呟いた。



その後の話し合いで歩美、元太の二人は黄親子を調べ、光彦は平次から連絡がある事を前提に村主浩平を見舞いがてら彼から事情を聞いてくるという方向で話がまとまった。柚木杏香については一筋縄では行かないだろうという判断からコナンが直接当たる事となった。
「博士、ちょっと電話借りてもいいか?」
賑やかな三人組が帰宅し、すっかり静かになったリビングでコナンは受話器を取ると阿笠に尋ねた。
「何じゃ、わざわざ断らんでも……」
「そりゃ……国内にかけるならいちいち断ったりしねえよ。第一、携帯使うさ」
「ロスの優作君のところにでもかけるのか?」
「いや……FBIニューヨーク支局だ」
「赤井捜査官のところじゃな?しかしまた急にどうして……?」
「最近、メールの返事がまったく来ねえんだ。オレ達の周りをうろついてる怪しい連中の画像を送ったのに……おかしいと思わねえか?」
「確かに……言われてみればそうじゃのう。あの人にとって哀君はたった一人の身内じゃ。気にならん訳はあるまいに……」
コナンは頷いてみせるとナンバーを押した。交換手が出て赤井の名を告げたが、電話に出たのは思わぬ相手だった。
「Hi!クールキッド!久しぶりね」
「その声は……ジョディ先生!?」
かつて組織を追って帝丹高校に潜入していた女性捜査官、ジョディ・スターリングの懐かしい声にコナンは驚いた。
「『先生』なんて止めてちょうだい。あれはあくまで捜査のためだったんだから。それより……どう?最近」
「どうって……そちらは何かあったんですか?」
ジョディの声色が微妙に変化した事を敏感に察したコナンは逆に突っ込んだ。
「さすがね。実は例の組織の残党が動き出したみたいなの」
「やっぱり……実は今日、哀が拉致されそうになったんです。幸い無事助ける事が出来ましたが……」
「そうだったの」
「ところで……赤井捜査官に代わって頂けませんか?」
「あなた……シュウから何も聞いてないの?シュウ、先週の土曜日に日本へ向かったわよ」
「日本へ!?」
「ええ、私、彼の代理でニューヨーク支局に来てるんだから」
「……」
予想もしなかった事態にコナンは愕然となり思わず言葉を失った。
「変ね、あなたには真っ先に連絡を取ると思うのに……良かったらこっちからシュウに連絡取るけど?もっとも彼を捕まえられる保証はないけどね」
「お願いします」
「クールキッド、あなたの連絡先は変わってないわね?」
「はい……って、ジョディ先生、ボクはもうキッドじゃないですよ?」
「フフ、本当は初めて会った時もキッドじゃなかったわね」
愉快そうに笑うジョディにコナンは苦笑するしかなかった。



ジョディとの通話を切るとコナンは再び哀のプライベートルームへ向かった。ドアをノックし部屋へ入ると哀は静かな寝息をたてて眠っていた。
「……まだ薬が身体に残ってるみたいね。色々気にしてたけど寝ちゃったわ」
フサエが穏やかに微笑む。
「そうですか」
ずれた肌掛けを直そうと手を出した時だった。携帯の着信音が鳴りコナンは慌てて部屋を出た。
「はい」
「オレや。姉ちゃん襲われたんやって?大丈夫やったんか?」
電話の相手は予想通り平次だった。
「ああ、何とかな。で?頼んだ件分かったか?」
「せっかちな奴ゃなぁ、わざわざ残業して調べてやったっちゅうのに……ちょっとは労わったらどうやねん?」
「労わるって年でもねえだろ?」
「せやけど……色男に姉ちゃん助けられるやなんてなぁ。工藤、お前、一歩リードされたんとちゃうんか?」
「……切るぞ」
「じょ、冗談や、冗談やって……ったく、姉ちゃんが絡むとほんま冗談通じへん奴やなぁ」
「……」
平次の突っ込みに一瞬言葉を失ったコナンだったが、すぐに「それで?」と先を促す。その横顔はただの高校生から探偵のものにすっかり変わっていた。