蘭が母親である妃英理の家から帰宅すると探偵事務所には鍵が掛けられていた。
(もう、お父さんったら!また麻雀!?)
「せっかく同居の話を色々固めてきたのに……」とブツブツ独り言を言いながらポケットから鍵を取り出す。
事務所の鍵を開けようとしたまさにその時、電話が鳴った。蘭は急いで事務所に飛び込むと受話器を取った。
「お待たせしました!毛利探偵事務所です」
「よお、蘭、久し振り」
「新一!!新一なの!?」
「ああ。相変わらず元気そうだな」
「『相変わらず』で悪かったわね」
幼馴染からの電話に自然と笑顔になるものの、つい憎まれ口を叩いてしまう。
しばらく学校の事や友人の事を話していたが、ふいに蘭は親友、園子の『大体一つの事件解くのにいつまで掛かってんのよ』という言葉を思い出してしまった。
「ねえ、新一」
「あん?」
「まだ事件片付かないの?新一がこんなに手こずるなんて変じゃない?」
「……」
思い切って口にした台詞に電話の相手は沈黙してしまった。
「あ……ごめん」
「いや、いいんだ。蘭も最近のニュースを騒がせている組織の事は知ってるだろ?」
「うん……やっぱりあの組織が絡んでたのね?」
「ああ」
「実は……私もあの組織の人に捕まっちゃって……」
「悪かったな、オレのせいで巻き込んじまって……おめえに怪我がなくて良かったよ。灰原もとりあえず命は助かったし……」
「『怪我がなくて』って……新一、どうして知ってるの?それに哀ちゃんの事まで……」
「……蘭……オレ……本当はずっとおめえの傍にいたんだ」
「えっ!?」
探偵事務所のドアが開く音がする。振り向いた蘭の目に携帯電話と変声機を持ったコナンの姿が映った。



目の前に突きつけられた真実に蘭は一瞬言葉を失った。
「……やっぱりコナン君が新一だったんだ」
やっとの思いで言葉を唇に乗せる。
「……ずっと騙してて悪かったな、蘭」
「ううん……私も騙された振りをしてたかもしれないし……」
「え…?」
「疑ってたくせに問い詰めなかったから……『いつか新一から本当の事話してくれる』って自分に言い訳して……ずるいよね」
「そんな事ねえよ」
「新一……」
いつの間にか蘭の頬を涙が一筋走っていた。
「あ、やだ……新一が戻って来てくれて嬉しいはずなのに……」
「戻って……来てねえよ」
「え?だって……」
「蘭……約束守れなくて本当に悪いと思ってる。けど……オレ、もう『工藤新一』には戻れないんだ」
「……どういう事?」
「元の身体に戻って堂々と高校生探偵なんてやってられないって事さ。組織の連中は工藤新一が動いてた事を掴んでたはずだ。おめえが誘拐されたのがその証拠さ」
「それは……そうだけど……」
「あれだけでかい組織だ。トップは潰したが、どこに残党がいてもおかしくねえ。そいつらがこれから先、いつオレの命を狙って来るか分からねえだろ?こっちはおめえを誘拐した奴……ジンって野郎なんだけどよ、アイツを殺した奴の正体も分かってねえ状態だってのに……」
「……」
「蘭、オレはこのままコナンとして生きていくつもりだ。その方がオレも周りの人間も安全だからな」
「それって……」
その先の言葉、彼が言いたい事は分かっていたが、『どういう意味?』という言葉を蘭は思わず飲み込んだ。
「もう……おめえとも幼馴染ではいられねえな」
「そんな…!私……私、新一の事……」
「ああ、あの日聞いちまったな。オレが『江戸川コナン』になっちまった夜……」
「……」
「オレもおめえが好きだった。今でも大事な存在さ。けど……オレがこんな身体じゃ恋愛ごっこも出来ねえだろ?」
「それは……」
否定出来ない事実を突きつけられ、蘭は言葉を失った。
「それに……それにオレ、好きなヤツが……」
「哀ちゃんでしょ?」
「な…!」
きっぱり言い切る蘭に今度はコナンが絶句する。
「哀ちゃんも本当は子供じゃないんでしょ?」
「どうして……?」
「哀ちゃんと話してる時の新一、私といる時とどこか違ってた……哀ちゃんに対しては飾ってないっていうか……すごく楽しそうな顔してたもん。服部君と話してる時みたいに……生き生きしてた……」
「蘭……」
「……それに……私、哀ちゃんには敵わないよ……」
「え…?」
「あの時……私を庇って哀ちゃんが撃たれた時……新一と服部君は殺された長髪の人に気をとられてたから気付いてなかったんだろうけど、哀ちゃん、意識あったのよ。その時言われたの。『借りは返したわよ、エンジェル』って……優しく笑って……」
「それは……おめえが灰原の事ベルモットから庇ったから……」
「分かってないのね。私は哀ちゃんをただの子供だと思って庇ったのよ。でも……哀ちゃんは私の事を同じ人を愛するライバルだと知ってて庇ってくれた……もし私が哀ちゃんをライバルだと知ってたらどうしたか……」
言葉を失う蘭にコナンは優しく微笑んだ。
「おめえなら庇ったと思うぜ?」
「新一……」
思わず零れた涙を手の甲で拭うと蘭はコナンに背を向けた。
「……いつから離れちゃったんだろうね?新一と私……」
「多分……オレが探偵になりたいってはっきり決めちまった時だろうな。あのまま色んな事件を追っかけてたら結局どこかであの組織に辿り着いちまっただろうからよ」
「……」
「……じゃ……オレ行くから。今までありがとな……」
コナンの言葉に何も言う事が出来ない。事務所のドアが開閉する音と同時に蘭の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。